fm Venusのブログ

私達の本当の敵は何処にいるのだろうか?

今更ですが、安倍晋三元首相銃撃事件について(追記あり)

安倍さん銃撃事件は本当に信じられない出来事でした。まるで謎のJFK銃撃と重なります。


写真は1963年11月22日、パレード中にケネディ元大統領を暗殺したとして拘束された容疑者のオズワルド。彼もその後、殺された。




あくまでも私の想像ですが、ネット上では今のところ見かけない私なりの推測を書いてみたいと思います。


世の中は本当に嘘が多いので、この安倍さん銃撃事件もきっと茶番なのではないかと内心疑っています。


そんな観点でこの事件を見つめていくと、真面目な公務員でさえも事件に関与して予め計画されていた茶番の銃撃事件だったのではないかと思うに至りました。



今から語ることはあくまでも私の単なる想像ですのでご了承ください。


安倍さんと、そこに集まってきた工作員の人たちは、事前に手渡されたシナリオを読んで準備していました。中には念入りに何度も練習していた役者さんがいました。特に主役の方は注目を浴びてしまうので、それはとても緊張していたと思います。


事件が起こされる現場には、集まっている役者さんたちに指示をする監督とスタッフによってその場は仕切られていました。


指示系統の中枢は向かいのビルの屋上から全てを見渡せる簡易的に設置された指揮所にあります。


その時が近づくにつれて役者さんたちと現場スタッフは、極度に緊張が高まります。「絶対に失敗は許されない」と。


数人の現場スタッフは開始の合図が出るのを確かめるように、指揮所がある向かいのビルの屋上を度々見つめます。


安倍さんの演説が始まってから数分後、ついに合図が出ました。


目立ちそうな手作りの銃を持った犯人役が、安倍さんの背後に近づいてきましたが、警備員はシナリオ通りに何も気がつかないふりをしています。


そして犯人は銃を構え最初の「空砲」を鳴らしました。


バーン


それを合図として、安倍さんは後ろを振り向きます。


この時、安倍さんは振り向いて犯人を見るだけでなく、犯人が立っている側の真正面に身体全体を向けることになっていました。ここが重要です。


そして安倍さんが犯人の姿を見て、2度目の空砲が鳴らされる時には下の図のように身をかばうように前かがみになっているというシナリオでした。(黄色の矢印は犯人側から撃たれたとする架空の銃弾の流れ)


(上の画像は正規にライセンス購入したものです)



安倍さんがこのシナリオ通りにうまく演技していれば医者の見解とぴったり話が合うのです。


担当医は言いました。「銃弾は頸部に当たり傷は心臓まで到達していた」と。



監督は担当医に「会見であまり喋るな、もしも突っ込んだ質問が来たらそのように言え」と指示していたのでしょう。だから渋々と小さい声で、もごもごと話していたのです。(あくまで私の想像です。)




つまり画像でもわかりますように、振り向いてから犯人の姿を見るだけで、身体全体を犯人の真正面に向けることを安倍さんは怠ってしまいました。




そして前かがみになった方向が、予定外になってしまったのです。




結果、安倍さんが演技を失敗したことで、頸部から心臓までの銃弾の流れ方からすると、ビルの上から狙撃されたのではないかという話が飛び交うようになりました。しかし実際にはアクション映画と違って、遠距離からの射撃は成功する確率がとても低いので、スナイパーによる射撃はなかったと思います。


つまり現場では、犯人による空砲が2度鳴らされただけです。


白いワイシャツの襟が一瞬動いたという場面がありますが、おそらく血糊の装置による動きではないかと思います。(あるいはビルの上から射撃したと説明するためにCG加工された映像なのかもしれません)


ですのでケネディ元大統領とは違って安倍さんは生きている?



こちらは山上容疑者宅から手製の銃が押収された時のニュース映像です。「これが、山上が作った銃だ」と言わんばかりに見せ付けているようです。




普通こういう重要な証拠物は聴衆に見せないと思うのですが、あえて見せることが非常に怪しい。本当は、山上は銃を作っていないのでは?しかも銃がDIY感あり過ぎて、これもまた怪しく感じます。


こちらはその時のニュース映像です。




国民を欺くために国家ぐるみの大芝居だったのでは?と勘ぐりたくなります。


上記の話は全て私の想像です。真実はどこにあるのか分かりません。


それにしても、闇が深すぎる世の中です。





話の内容と関係ありませんが、こちらの動画、とてもきれいな映像と音楽で癒されます。タイムラプス撮影の映像は本当にきれいです。宜しければご覧ください。



PEACEFUL MOMENTS - Ecstatic piano & voice - HEAVEN (Cielo)



PATAGONIA 8K





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ドイツ人ジャーナリストのアリーナさんは、ウクライナ東部ドンバスで真実を報道したことにより、3年の禁固刑に直面しています。

こちらはドイツ人ジャーナリストの アリーナ・リップさんです。アリーナさんは6か月以上の間、 ウクライナの親口シア派のドンバス地域から現状を報道しています。




アリーナさんは最近、ドイツ法制から3年の禁固刑を言い渡されました。




アリーナさんはプレスTVの取材を受けて答えました。


アリーナさん∶「ウクライナはすでに8年間 も 民間人を殺害しています。これは大量虐殺です。そして、ドンバスの人々はロシアの特別作戦を支持していると私は報道しました。私のしたことはドイツにとって 犯罪行為ということなのです。」


プレスTV記者∶「しかし、事実はウクライナが8年間もここで民間人を殺害しています。 ドイツの告発は単なる言いがかりです。」


アリーナさん∶「それが事実です。私はドネツクに住んで半年になります。一日中、砲撃の音を聞いています。 これはロシアの砲撃ではありませんよ。」


プレスTV記者∶「そしてもうひとつは、 この国ではほとんどの人が親ロシア派分離主義勢力を支持しています。」


アリーナさん∶「その通りです。」


アリーナさん∶「彼らは私を3年間刑務所に 入れたいだけなのです。信じられないことですけど、特にこの件に関しては、自分の意見を言ったとしても、ドイツで言論の自由は根本的に無いのです。」




こちらがアリーナさんを取材したプレスTVのジョニー記者です。




ジョニー記者は報道の自由が脅かされていることに警鐘を鳴らしています。


「ジュリアン・アサンジは 残りの人生を刑務所で過ごすことになりますが、真実を語ったために投獄の危機にさらされているジャーナリストは彼だけではありません。


https://globalnewsview.org/archives/18404



ジャーナリストの仕事は、社会が議論できるようにストーリー を明らかにすることです。そして、調査結果に基づいて政策に移すのです。


主要な報道機関がウクライナのこの地域にレポーターを送り込まない一方で、ここにいる数少ない西洋人レポーターは、命と名誉を賭けて、重要な真実を明らかにしようとしているのです。


彼らは自分の仕事をしただけで、プラットフォームで中傷されたり刑務所に送られる危険性があるのです。


そのため、ハイテク企業と政府によるキャンペーンはますます悪化して、現在、西側では反戦の息の根を止めようとする動きが活発化しています。」



上記の内容はこちらの動画にあります。4分程の動画です。字幕オンでご覧下さい。





こちらは、ドイツ在住のペガサスさんが翻訳したアリーナさんの動画です。





真実を公表しようとするジャーナリストは自国の政府からも狙われています。 西側では報道の自由がなく反戦の報道ができなくなっている様です。 実は日本も同じだと思います。




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ロシアがウクライナに軍事介入した理由 映像で振り返る真実のウクライナ(2014年~2022年)



ロシアは8年という長い間軍事的脅威から人々を守るために、ウクライナで特別軍事作戦を開始せざるを得なくなった。それはウクライナの非軍事化と非ナチ化のためである。
(セルゲイ・ラブロフ、ロシア連邦外務大臣イタリアのテレビ局とのインタビュー5月1日)


ロシアは多くの犠牲を払ったとしてもウクライナの解放(欧米支配からの解放)という軍事行動を開始したのです。もう皆さんご存知だと思いますので、多くは語りません。2014年からの映像をご覧ください。


映像で振り返る真実のウクライナ(2014年~2022年)字幕埋め込み版







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ウクライナ・オン・ファイヤー「クーデターで誕生したネオナチ政権」

2月20日現在、ロシア系住民が多く住むウクライナ東部のドンバス(Donbass)で緊張が高まっています。


現状としてロシアに対するウクライナの挑発が始まっています。ゼレンスキー大統領は「ウクライナは外交で平和構築を目指す」と言ってますが、ウクライナ治安部隊による本格的なドンバス攻撃作戦を計画しているという情報があります。


ドンバスに住んでいるロシア系住民が危険にさらされるということです。もしも攻撃されたらロシアは黙っていません。その場合ロシア軍がウクライナに軍事介入することは間違いないでしょう。


米国はそれを狙っているような気がします。



本当の戦争にならないことを願うばかりです。




今回はウクライナの近代史と2014年ウクライナで起きたカラー革命の実態を描いたドキュメンタリー映画を紹介したいと思います。


オリバーストーン監督出演の「ウクライナ・オン・ファイヤー」です。


こちらは予告編です。⇩  本篇日本語字幕付きは下の方に添付してあります。



Ukraine on Fire | Trailer | Documentary | Oliver Stone | Maidan, Crimea, Putin, U.S. interference





先ず、映画の紹介の前にウクライナの ネオナチズム(Neo-Nazi)について簡単に説明致します。



ウクライナは第二次世界大戦中ナチスドイツを受け入れていた時代がありました。ウクライナはその影響を受けており、当時の過激な排他的民族主義は極右民族主義者によって世代から世代へと引き継がれています。近年ウクライナで起きた抗議行動(カラー革命)は、ネオ(新)ナチ民族主義者が深く関わっていました。


2014年、キエフのマイダン(独立広場)で、親ロシア派のヴィクトル・ヤヌコーヴィチ大統領を追放するための抗議デモはその一例です。



デモ隊と警察官の双方に多くの犠牲者を出し、混乱を極めたユーロマイダン独立広場2014年




約2ヶ月半に及んだデモ隊による抗議行動はあまりにも激しく、ネオナチの武装部隊もデモに入り込んで騒ぎを起こしていました。その場は混乱を極めました。



Molotov Cocktails Vs Water Cannon In Deadly Kiev Protests



驚くべきことは、周囲の建物に武装したスナイパーが潜んでいて、混乱しているデモの最中に、デモ隊や警察官を無差別に射殺していました。この大混乱が起きた2月20日の犠牲者は約70名です。デモを起こしている黒幕の目的は、敵味方は関係なく大混乱を引き起こすことです。これがカラー革命の実態です。



反政府勢力は、木曜日、キエフのホテルで狙撃位置について、警察とデモ隊に向けて射撃していた。(動画の説明欄より)⇩




一方ウクライナの治安部隊が抗議者に発砲していたという情報もあります。
同時に警察官も射殺されていたそうです。この暴動で暴徒によって多くの警察官が連行されたそうです。67人の警察官が未だに行方不明となっており、真相は不明のままです。





この暴動について、西側メディアはヤヌコーヴィチ政権とロシアを加害者として描いています。しかし、本当にそうだったのでしょうか?


ウクライナは、2004年のオレンジ革命、2014年の反乱、そして民主的に選ばれたヤヌコーヴィチ政権の転覆につながりました。その後に発足された新政権は、ネオナチ極右翼政党メンバーで構成されています。


奇しくもネオナチ政権がウクライナで誕生したのです。



この悲劇を西側メディアは民主主義の革命として大きく取り上げましたが、実際にはネオナチ極右民族主義者と米国務省によって脚本・演出されたクーデターであったことが知られています。


この様なカラー革命は世界中至るところで起こされています。


それは如何にして起こされて来たのでしょうか?


そのテクニック(手法)をドキュメンタリー映画ウクライナ・オン・ファイヤーで分かりやすく描いています。



この作品は、正しい情報を伝えているのではないかと思いましたので、全て翻訳してみました。


本篇はこちらです。日本語字幕付きです。





ウクライナ・オン・ファイヤー 字幕を更新しました。最終アップデートです。



冒頭の近代史だけでもわかりやすく解説した方が良いのではないかと思いましたので、画像を添付してその部分を紹介したいと思います。⇩






ウクライナ・オン・ファイヤー


初公開:2016年6月16日 監督:Igor Lopatonok プロデューサー :オリバー・ストーン





ウクライナ



それは、歴史ある誇り高き国


豊かな歴史を持ち、美しさを誇ります。




英雄を崇拝し、 多くの犠牲を払ってきました。




これが、ウクライナの国旗です。




青は、空を表しています。黄金は、果てしなく続く麦畑です。




ウクライナは、東と西が出会う 国境の地です。


そして、多くの人が栄誉を求めて、 ウクライナを目指しました。


そのために多くの血が流されました。


ウクライナは、西側諸国が東側を 征服しようとしたときの通り道です。




第一次世界大戦、そして第二次世界大戦で、ウクライナの人々はこの壮大なパワーゲームにより 最大の代償を払うことになったのです。



「歴史は同じように繰り返さないが、 韻(いん)を踏む」作家マーク・トウェイン




ウクライナの歴史をよく見ると、 多くの韻を踏んでいることに気が付きます。


より強力な力に囲まれているウクライナは、 生き残るために多くの狡猾さを必要としてきました。彼らが本当に時間をかけて習得した技は、 変化する芸術です。


17世紀半ば、ウクライナの指導者 ボグダン・フメルニツキーはポーランドとの 停戦協定を破棄し、より強力なロシアを味方にしました。




ちょうど50年後、 ロシアとスウェーデンの戦争が激化する中、ウクライナの指導者イワン・マゼパは ロシアとの同盟を破棄し、侵略者のスウェーデンに鞍替えしました。




ウクライナの歴史は、 何度も第三者によって描かれました。




ロシアは、革命の成果を何としても維持しようとして、1918年のブレスト・リトフスク条約で 屈辱的な条件に同意し、ウクライナをドイツの保護領にしたのです。




ウクライナの運命を変えたもう一つの歴史的出来事は、1939年のモロトフ・リッベントロップ協定です。ヨーロッパ諸国と台頭するドイツとの間で 結ばれた多くの協定のうちの一つです。




ナチスの脅威から国を守ろうとして、ヨシフ・スターリンは アドルフ・ヒトラーと不可侵条約を締結しました。




ソ連とドイツの外相モロトフとリッベントロップは 互いに平和を約束しながら、東ヨーロッパの地図を再編成し、 ドイツとソ連の勢力圏に分割したのです。




モロトフ・リッベントロップ条約が 調印されるやいなや、ポーランドは分裂してしまいました。




そして1939年9月、ポーランド東部は ウクライナの西部となり、ソビエト共和国とソビエト連邦の一員となりました。




しかし、この大胆な国土と国家の分割も、 避けられない事態を遅らせただけでした。


ドイツはソ連との約束を破りました。




1941年6月22日、ドイツはソ連に侵攻し、世界史上最大の軍事作戦である 「バルバロッサ」を開始しました。




「バルバロッサ」は、ペテルブルグ、 モスクワ、そしてウクライナのキエフ、重要な3つの目的地侵攻を目指していました。




ウクライナは、豊かな土地と資源を持ち、 ソ連にとって重要な産業経済の源泉です。


ソ連から切り離すことは、まさに大打撃となります。




ソ連に含まれるほぼすべての国にとって、 第二次世界大戦は、自分たちの土地に侵略してきた相手と、 戦うためのものだったのですが、ウクライナにとって、 そう単純な話ではありません。


実は、ウクライナは 一度も統一されたことがない国です。




第二次世界大戦が勃発すると、ウクライナ西部の住民は、ソ連の支配により、強いられてきたので、 ドイツ兵を解放者として迎え、公然とドイツ軍に協力していました。




戦後長い間、その協力の実態は 発表されていませんでしたが、現在では、SSガリシア師団、ナハチガル大隊、ローランド大隊など、師団や大隊全体がウクライナ人の協力によって、 編成されていたことが分かっています。




戦争が始まったばかりの頃、 ガリシーノ地方から8万人以上の人々が、1か月半でSSガリシア師団に 自発的に入隊しました。




これらの軍事グループのメンバーのほとんどがウクライナ民族主義者組織(OUN)の出身です。




ウクライナの領土で、ポーランド人とユダヤ人、そして、ロシア人に対する、 彼らの極端な残酷さは有名です。


1929年に設立されたこの組織は、純粋に独立した民族的ウクライナとして 作ることを究極の目的としており、そのためのテロ行為は、目的を達成するための許容範囲内の手段であると考えられていました。




彼らのオブジェは「黒と赤」大地と血です。




OUNが消滅した後もこの民族主義は、 ウクライナの歴史に長く残ることになりました。




1940年初頭、ウクライナ民族主義者組織の 最も過激な民族主義者らは、「ステパン・バンデラ」を指導者として選びました。




1934年にバンデラや他の機構の指導者達はポーランド内務大臣の暗殺の嫌疑で逮捕され、彼は1938年に釈放されました。


特に反ユダヤ主義的で反共産主義者であった彼は、 1941年にウクライナの独立を宣言しました。




バンデラは表舞台に登場しなくても、 彼のイデオロギーを広めることに成功していました。




多くの独立系歴史家は、OUNの民兵が、1941年末まで ドイツ軍が占領していたウクライナ領で、15万から20万人のユダヤ人を 虐殺していたと推定しています。




悪名高い非道な虐殺は、1941年9月29日と30日に キエフのバビ・ヤールで行われました。




「キエフ市とその近郊のすべてのユダヤ人は、9月29日月曜日の朝8時までに 出頭しなければならない。書類、金品、貴重品、また暖かい衣類、毛布、 その他を持参すること。」




命令に従わなかったユダヤ人は射殺されました。


ナチスとウクライナ民兵によるこの2日間の作戦で 33,771人のユダヤ人が殺されました。




ウクライナの反乱軍が行った、 もうひとつの非道な行為として、ウクライナ民族主義組織バンデラ派は、ドイツ占領下のポーランドのヴォリンと 東ガリシアで大虐殺を行いました。




このポーランド人の虐殺は、 ミコラ・レベドが主導しました。




ヴォリンでは35,000から60,000人が殺害され、東ガリシアでは、25,000から40,000人が 殺害されました。


このように大規模な民族浄化作戦が 行われたのです。


ドイツ軍の敗北が避けられないと判断した ウクライナ民族主義者組織は、かつての同盟国に見切りを付けドイツ軍とソ連軍に 対等に戦いを挑むようになりました。




1943年1月、ソ連軍はナチスに反撃を開始して、 ウクライナの各地を次々と解放しました。




西ウクライナはドイツ軍が最後に支配した地域で、1944年10月にようやく解放されました。




バンデラたちはソ連に対抗してゲリラ戦を続け、ウクライナの村や町に血なまぐさい襲撃を加え、 混乱と犠牲を生んだのです。




このゲリラ戦は1950年半ばまで続き、最終的にバンデラの協力者は拘束されたり国外に逃亡しました。


1945年5月7日ドイツは連合国に無条件降伏し、 ウクライナはソビエト連邦の一部となりました。




第二次世界大戦後の平和も束の間でした。




ナチスを倒すために イギリスと同盟を結んだアメリカとソ連は、その後に起きた敵対関係により、 冷戦が始まりました。





米ソの政治的・軍事的緊張の時代は45年近く続き、 人類は常に核戦争の脅威にさらされ続けました。




この戦いの中でも、米国はウクライナの重要性を見失うことはありませんでした。




アメリカの諜報機関は、 ソ連に対する防諜活動として、ウクライナの民族主義組織を注意深く見守っていました。



つい最近、機密解除されたCIAの文書では、




1946年以来、米国情報機関とウクライナの民族主義者の強い結び付きがあり、CIAの報告書で、ウクライナの民族主義組織の指導者は、ステパン・バンデラ自身で間違いないことが明らかになりました。




1945年9月のOSS(CIAの前身)の報告書によると、 バンデラは、第二次世界大戦中、恐怖政治を展開していたことで 指導者として高い評価を得ていました。




第二次世界大戦後、 バンデラとウクライナのナチス指導者たちは、ヨーロッパに逃れ、CIAが彼らをかくまったのです。




CIAは後に、ステパン・バンデラや 他のウクライナ人を隠していたことを移民帰化局(INS)に報告していました。




ウクライナ人を使ったこの作戦はソ連に 知られることなく、何年も続けられました。




1945年と1946年のニュルンベルク裁判は、ファシスト・ドイツの 政治、経済、軍事の指導者を裁き、ナチズムという怪物の姿と 彼らが犯した犯罪を明らかにしました。




しかし、ウクライナのナチスは同じ運命を免れ、中にはCIAから免罪符を与えられた者さえいました。




1954年までに、当局は冷戦の必要性の名の下に、OUN(ウクライナ民族主義組織)治安部隊の 犯罪行為を免除しました。




バンデラがアメリカに利用されなくなったのか、それともKGBのエージェントが CIAを出し抜いたのか、定かでありませんが、1959年、ウクライナ民族主義者のリーダー ステパン・バンデラは、ステパン・ポペルの名で潜伏していたところ ミュンヘンで暗殺されたました。


バンデラがウクライナ・ナショナリズムの主要な シンボルになったのは、まったくの偶然です。




彼が唯一の指導者でもなければ、最も強力な指導者 ではなかったと言ってよいでしょう。




バンデラの危険な思想は、 共産主義当局によって弾圧されながらも、外部勢力によって支持され、本当の意味で 消えることはありませんでした。




ウクライナのナショナリズムの種は 世代から世代へと受け継がれました。




しかし、残念ながら再び同じことが 起こるのは時間の問題でした。






お読みくださりありがとうございました。ここまでが冒頭15分までです。



続きはこちらをご覧ください。







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東トルキスタン・イスラム運動とは一体何なのか?

北京オリンピック「ボイコット」を訴えながら、中国政府によるウイグル人弾圧に抗議するデモが、世界各地で起きています。世界ウイグル会議は「中国の文化的ジェノサイド政策で、ウイグル人は存亡の危機にさらされている。」と訴えています。世界中で多くの人が(事実はどうであれ)中国政府に抗議するシュプレヒコールを上げています。


このようなデモの主体となっているのが「東トルキスタン・イスラム運動」と「世界ウイグル会議」です。


https://bunshun.jp/articles/-/9651



これは、東京で行われた中国政府に対する抗議デモの様子です。(2021/5/9)この日はウイグル、ミャンマー、チベット、南モンゴル、香港、カンボジアの各団体が参加しています。いろんな旗が混在していますが、元を辿ればNED(全米民主主義基金)に繋がりそうです。


https://www.sankei.com/world/photos/210509/wor2105090018-p1.html




「東トルキスタン・イスラム運動」は19世紀末から20世紀初頭に「汎デュルク主義」「汎イスラム主義」 の思想が新疆に伝わり、国内外の分裂主義勢力は政教一致の 「東トルキスタン国」樹立を主張し、中国の分裂 ・解体を企んでいました。


https://youtu.be/UUGpILAWiUY?t=440



そして、新疆カシュガル出身の男、ハサン・マフスームは1997年に、この分裂主義思想を持って「東トルキスタン・イスラム運動 (ETIM)Eastern Turkistan Islamic Movement 」を組織しました。


ETIMは、当初から国際テロ組織アルカイダと密接な繋がりを持って、テロ活動を繰り返し、中国のみならず国外の安全保障にも深刻な脅威をもたらしました。そのため、2002年国連安保理はETIMをテロ組織と認定し、資産凍結や渡航禁止、武器売買の禁止などの制裁処置を科したのです。


ウィキペディアには「ETIMは政党のトルキスタン・イスラム党を母体とする中華人民共和国から東トルキスタン分離独立を主張するイスラーム過激派組織である」と記載されています。東トルキスタンイスラム運動 - Wikipedia


上記のように「東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)」は国連安保理も認定した「テロ過激派組織」です。世界各地で一般の人と共に平和的デモ運動を行う一方、新疆ウイグルにおいては、数千件にも及ぶウイグル市民を標的としたテロ事件を起こしています。


https://youtu.be/UUGpILAWiUY?t=540


しかし欧米のメディアは、テロ事件の映像を含めながら、中国政府がウイグル人を一方的に弾圧しているという嘘の情報を流しています。これこそが分かりやすい「カラー革命・戦争プロパガンダ」の仕組みです。)



テロを支援している欧米の外国勢力は、ウイグル人を利用して人々の不安を煽り、国内を混乱させて中東のリビアやシリアで起こった「カラー革命」のように、国外で訓練された戦闘員を新疆ウイグルに送り込み、人民解放軍と武力衝突させて大規模な内乱を狙っています。


外務省のホームページにも、東トルキスタン・イスラム運動など複数の組織を、テロ組織として認定したと記載されています。海外安全ホームページ: テロ・誘拐情勢


旗を掲げる東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)のウイグル人戦闘員

The terror group China fears the most - Asia Times



中国政府に対する抗議デモの参加者たちは、この「東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)」の正体について何も知らず、人道的な思いからデモに参加していると思います。しかし現実として、この組織の実態はそういうことです。


ウイグル人を助けるためのデモであるなら、新疆ウイグルでテロ事件を頻繁に起こしているETIMを非難するべきではありませんか?


https://www.bbc.com/japanese/57437638



この中国政府に対する抗議デモとテロ過激派組織は全く関係ないと思う人がいるかもしれません。しかし、資金源を辿ることで、根本は同じだということが見えてきます。これら組織に資金を援助しているのはNED(全米民主主義基金)です。NEDはある意味CIAと同じです。
FBI元通訳が新疆に対する米国の企てを暴露--人民網日本語版--人民日報


NEDは2004年から「東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)」に多額の資金援助をし続けてきました。NEDはウェブサイトで、「世界ウイグル会議」も資金援助対象であることを明かしています。



新疆ウイグルで起こされたテロ事件の黒幕を解説しています。よろしければご覧下さい。




事実として現地のウイグル人は中国からの独立など全く考えていません。平和と安全を望んでいて、欧米が支援しているETIMのテロ行為に対して激しく非難しています。



そもそもですが、本当に中国政府はウイグル人を弾圧しているのでしょうか?


例えばウイグル人100万人を強制収容所に入れているという話ですが、それは根拠のないものだと私は思います。なぜなら世界ウイグル会議議長のオメル・カナト氏は「ウイグル人100万人を強制収容所に入れているのは、よくわからないけど、それは欧米メディアからの情報だ」と言ってます。あまりにもいい加減な100万人強制収容所の話だったということです。


「中国政府がウイグル人100万人を強制収容所に入れたという話は欧米メディアの情報でした。」(日本語字幕)字幕ONでご覧ください。



https://www.youtube.com/watch?v=Pc51RdpsZ6w



それから、強制収容所の存在を示している衛星写真というものを私たちはメディアやネットを通して目にしています。しかし、こういった写真画像の多くは、極右シンクタンクのASPIに所属しているネーソン・ルーサー(下の写真)がグーグルアースを使って、そのイメージを配信しているのです。


それらは小学校の校舎、倉庫、一般の刑務所を画像処理したものであったことが、独立系メディアの「The Gray zone」によって判明しています。


シンクタンクのASPIは、軍需産業、刑務所産業、イギリス外務省、NATO、そしてもちろん、アメリカ合衆国国務省がスポンサーです。日本政府もスポンサーとなっています。
https://twitter.com/taiyonoibiki/status/1377970451188617218?t=jHZnTDt9k2hfOeMjlzBjnw&s=19


Max Blumenthal debunks US accusation of China's 'genocide' against Uighurs - YouTube





カラー革命に終わりはありません。


現在中央アジアのカザフスタンで大規模な暴動が起こっています。(1/7現在)燃料価格の引き上げに端を発したとするデモにより、数多くの死者が発生する事態となっています。燃料代値上げしただけで、これだけ大きな暴動が起こるとは考えられません。おそらくカザフスタン政府の転覆を狙った暴動なのでしょう。カザフスタンを混乱させて隣国の中国にも圧力をかけようとしています。



Kazakhstan in unrest following violent protests



カザフスタンは地理的に「一帯一路」に位置して新疆ウイグルに近いです。
一帯一路構想の分断を狙ったのでしょうか?暴動の背後が気になるところです。


(一帯一路とは 中国と欧州つなぐ広域経済圏構想) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM062ER0W1A200C2000000/




カザフスタンでの暴動の最中に、何者かが暴徒に武器を渡しています。訓練された武装集団は、治安部隊とデモ隊を衝突させるために、双方に銃口を向けて乱射しているかもしれません。メディアの報道では政府側が一方的にデモ隊を弾圧しているという噓の情報を流しています。これは間違いなく仕組まれたカラー革命です。彼らは平和的な抗議者ではありません。




武装集団によるカラー革命の背後で、外国勢力(欧米)が関与しているのは明らかです。







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